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おひさしぶりです!
今日は芹沢さん暗殺ですね。昨日思い出しました。
けれど、今日を逃したら龍之介ファンが廃る!と、がんばって書きました。

龍之介と山崎が転生後、それぞれの過去を思い出す話。
大分長いです。
内容はいつものごとく土方√に沿ってます。龍之介は西南戦争で死んでます(詳しくは以前書いた龍之介年表http://soutensikku.blog.shinobi.jp/Entry/117/をご覧ください)。
それと、少しですが嘔吐表現がありますので苦手な方ご注意ください。
急ピッチで書いたので大分文章がおかしかったり誤字脱字があったりとグダグダですが、どうしても今日うpしたかったのでこのままのうp・・・。申し訳ないです。すこしずつ直します。

おkでしたら、↓からお願いします。









夕日の色




 

小さい頃から、気がつけばいつも夕日をぼんやり眺めていた。真っ赤に染まった空を見ていると、不思議な気分になる。それは高揚感とも、安心感とも違うおかしな感情。説明しようとすればそれはまとまりをなくし、論点をうしなって漂ってしまう。ずっと前の、もう絶対戻ってこない何かを待つような、その、戻ってこないという事実に戦慄するような。
そんな、どうしようもなく朦朧とした思考。
年を重ねる毎に強まるその得体の知れない感情が怖くなり、いつしか俺は、そんなおかしな浮遊感を感じさせる夕日自体が、怖くなっていた。



「井吹?」
もやがかかったみたいな意識を呼び戻したのは、そんな不思議そうな声だった。
「ん…?」
見上げると、山崎の顔が意外と近くにあってびっくりした。が、リアクションを取る体力はない。
見るからに萎れている俺に、山崎は余計怪訝な顔をした。
「大丈夫か?顔色が悪いようだが…」
「あー…」
俺は今朝から、何故かひどく体調が悪かった。熱はないが、頭は痛いし体はだるいし、おまけに吐き気までしている。
「風邪でもひいたのか?」
「多分…。」
保健室なんて何年ぶりだろう。いや、実際には山崎や山南さんの手伝いでよく来てはいるが、本来の目的で使うのは多分相当久しぶりだ。本当は来るつもりなんて無かったんだが、一時間目に机で突っ伏していたら土方さんに教科書で叩かれ、「保健室行ってこい」と散々言われて、挙げ句「行かなかったら課題を倍にする」と脅され、仕方なく俺はこんな朝から授業を休んでいる。
「そういえば、山南さん知らないか?」
「今朝はいたようだったぞ。どこかにいるはずだが…。」
おおかた、その辺でうろうろしてるか、化学室にでも籠もってるんだろう。いたらいたでチクチク小言を言われるんだろうが、誰もいない保健室に一人というのも居心地が悪い。
頭痛に目を瞑ると、山崎が不安げに額に触れてくる。
「熱はないな…。横になっていたほうがいいんじゃないか?」
「いや、あの人がいない時にベッドで寝てて無事だったやつを、見た試しがないからな…。」
「だが…。」
不満げながらも口ごもるあたり、山崎も否定は出来ないらしい。過去何回か、山南さん不在の時にベッドで昼寝をした奴を見たことがあったが、その生徒は決まって、二度と保健室には足を運ばなくなる。
「土方さんが心配していたぞ。君が廊下で行き倒れているのではと。」
「何だ、あの人に言われて来たのか…。」
「ああ。さっきすれ違った時に、心配だから見てきてくれと言われた。」
学年のちがう山崎がどうしてここにいるのかと思っていたが、ようやくその理由が判明した。
あの人は本当に、どこまで気を巡らせているんだろう。
「そろそろ授業に遅れるな…。すまない、また授業が終わったら来る。」
腕時計をちらっと見た山崎が、すこし焦り気味で立ち上がる。時間には厳しいこいつのことだから、授業に遅れるのは気が引けるんだろう。
「いいって、俺も授業戻るし…」
「それは駄目だ。」
ぴしゃりと言われてしまった。
「体調が悪い時は、しっかり休養をとり体を万全の状態に戻すべきだ。無理はいけない。」
「んな事言っても…、授業わからなくなるだろ。」
「勉強なら俺が教える。あとでいくらでも取り返せるだろう。」
「だが・・・」
しばらく論を考えたが、やっぱりこいつと俺の頭の構造は違いすぎるらしい。適当な言葉が思いつかない。何より、山崎は断固として俺を行かせる気はなさそうだ。結局、俺のほうが折れるしかなかった。
「…わかったよ。」
仕方なく大人しく椅子に座り直すと、山崎は満足げに頷く。
「またあとで来るから、それまでうろうろするんじゃないぞ。それじゃ、」
山崎が踵をかえしてドアに向かおうとしたときだった。
『また来るから、危険なことだけはするな。』
何かが聞こえた。
同時にばっと色んなものが頭に流れ込んでくる。遠ざかっていく小さい背中、黒い服、それから、強い目。
待ってくれ、叫びだしたはずの喉が熱くて、

声が、出ない。

「井吹?」
混乱した頭が、その声で引き戻された。気がつけば俺は、山崎の腕を引き止めるように掴んでいた。
「どうしたんだ…?」
「…ぁ、」
詰まっていた声がポロッと出てきて驚く。いや、当たり前だ。喋れないわけがない。
「大丈夫か…?本当に顔色が…」
「い、いや、大丈夫…。」
山崎の言葉を遮って、強引に返事を返した。自分でも、何で山崎の手を掴んでいたのか分からない。山崎はしばらく困惑したような顔をしていたが、煮え切らない顔をして教室に戻っていった。
「何だったんだ…?」
考えた瞬間、頭の奥が鈍く痛んだ。だめだ、何も考えられない。
諦めた俺は、だるさと吐き気にそのまま目を閉じて、気がつけば眠りに落ちていた。



『井吹。』
ぼんやりした頭では、その声が山崎だということに気づくまで時間を要した。
また顔をだしにきたのかと目を開けて、違和感にきづく。
山崎は俺の目の前で笑っていた。
真っ黒な装束。胸を満たす嫌な予感。
『行ってくる。』
山崎が笑って、薄い板戸を引き、外へ出て行く。
呼び止めようとして喉から吐き出されたのは、ただの呼吸音だけだ。
だめだ、行っちゃだめなんだ。行ったら、




「駄目だ・・・!」
自分の叫び声で目が覚めた。
周りを見渡して、誰も居ないのを確かめ、安心する。
「何だったんだ、今の…。」
おかしな夢をみていた。山崎がどこか遠くに行ってしまう、それが本当に怖くて、呼び止めたいのに声がでない。
背中がじっとり汗ばんでいた。
「…っ、」
立とうとして、いきなり酷い目眩に襲われた。さっきより具合が悪い気がする。
「何なんだよ…。」
再びぼんやりとしてきた意識をどうにか覚醒させると、不意にドアの開く音がした。
「具合はどうだ…?」
山崎だった。心配そうに俺に駆け寄ってくるそいつをみてさっきの夢を思い出し、俺はまた頭痛で声を漏らす。
山崎はそんな俺の隣に座って顔を覗き込み、表情を曇らせた。
「さっきよりつらそうだな…。まだ山南さんは帰ってないのか…。」
「もう、二時間目終わったのか…?」
「あぁ。君は、大丈夫なのか?このままここにいたら良くなるものもならないだろう。いっそ早退したほうが…」
いつもなら早退なんてしたくないところだが、今日ばかりは「大丈夫」とは言えなかった。そんな俺を見て、山崎はいっそう心配になったらしい。困った顔を浮かべながら口を開く。
「俺が送っていく。君一人では心配だ。雨も降っているし…、」
「いや、そこまでは…」
言いながら外を見ると、土砂降りの雨が目に入った。今朝はあんなに晴れていたのに、今は激しい雨で向こう側すらよくみえない。
そんな、激しい雨に、俺は既視感を感じた。
まただ。
思った瞬間には、頭の中に、まるで色んなところから叫ばれてるみたいな声が頭蓋骨の中で反響する。誰かの狂ったような笑い声、誰かの苛立った罵声、誰かの嘲るような言葉と、誰かの、山崎の、悲鳴みたいな、

「…っ、う」
途端に、体の奥の方から何かがこみ上げてきた。その感覚で俺はほとんど反射的に流しへと駆け出す。
「井吹!?」
山崎の驚いた声もほとんど聞こえなかった。シンクにたどり着いた俺は、すぐに体が為すままに、胃の中のものを吐き出していた。
酷い気分だった。耳鳴りがガンガン鳴って、吐き気でぶっ倒れそうで、咳き込むたび頭に響いた。
俺の理性を留めてくれているのは、背中をさする山崎の手だけだ。やがて全部を吐き終えると、山崎が俺の体を支えてくれる。
「井吹…っ」
困惑する山崎の声で、俺は顔を上げる。目に入ったのは綺麗な鏡。そこに写った姿に俺は呼吸が止まるかと思った。
鏡の向こうに居たのは、もじゃもじゃした髪を高い場所で結わえた、着物みたいな服を着た、俺の姿。そいつが喉から真っ赤な血を流して、俺を眺めていた。
それを見た瞬間、一気に耳鳴りがうるさくなって、目の前が眩しくなって、それから真っ暗になった。
山崎が、俺の名を呼んだ気がした。




誰かが、たくさんの人が、俺を呼んでいた。その声はどれも懐かしくて、薄らぼんやりした頭のなかでそれらは少しずつ蘇ってくる。
『それで、何か話か?井吹。』
『ほんと、井吹君ってバカだよね。』
『井吹、稽古に付き合ってはくれぬか』
『龍之介ー!ちょっとこっちきてみろよー!』
『どうした?龍之介。』
そうだ。俺は、井吹龍之介。俺は、こいつらと一緒に半年、あの動乱の京にいた。たしかに、あの浪士組にいたんだ。
『井吹。すまないが、すこし手伝ってくれないか?』
山崎の声で、俺の頭の中がまるで色を付けたみたいに鮮やかになる。
思い出した。なんで忘れてたんだろう。俺は、百年以上前の今日、声をなくした。そしてそれからずっと、こいつといたんだ。
『君なら、絶対に…、そう言ってくれると、おもっ、て…』
山崎の最後の言葉が耳に入り込んでくる。あの仄暗い船室で死んだ山崎との約束。俺は、果たせなかったんだ。
「ごめんな」
俺は、ずっと悔やんでた。最後の約束を果たせなかったことを、後悔していた。
「ごめんな」
謝らなきゃいけない。俺は、約束を破ってしまったんだ。
あいつにごめんなって、伝えなきゃいけないんだ。




「う…、」
「おや、お目覚めですか?」
いきなり真横から予想外の声がして、俺はまだ靄のかかったような意識を叩き起こされた。
「具合はどうです?」
声の主は山南さんだった。顔をのぞき込んでくる丸眼鏡が、きらりと光っている。
「山崎君が心配していましたよ。」
山崎、その名前で俺は、さっきの夢のことが蘇った。全部ではないが、俺は思い出したんだ。あの頃の事を。
「あ、あいつは?」
「それが、しばらく様子がおかしかったのですが、しばらくしたら帰ってしまって。彼のことですから、君無理をさせてしまったことがよほどショックだったのでしょう。」
呑気な事をいいながら、山南さんは机に戻っていく。だが、俺は内心それどころじゃなかった。
あの夢で思い出したことは、事実なんだ。ひどく漠然とした確信だったが、あれが俺にとっての記憶であることは疑う気が起きなかった。
だとしたら、山崎がいないのは、
「山崎、まだ学校にいるか?」
「ええ。あなたが眠っていたのはほんの十五分くらいですからね。授業に戻ったのではありませんか?」
「そうか、そうだよな。」
ただ、ほんの一瞬不安になった。俺はまた思い出した。死ぬまで抱き続けた思いを。
『ごめんな』
何度そうやって、出ない言葉を振り絞り叫んだだろう。
『約束まもれなくて、ごめんな』
ずっと頭にこびりついて離れなかった言葉。一生消えることのなかった後悔。
あいつが悔しがっているんじゃないか、俺に落胆したんじゃないかという、恐怖。
「山南さん、山崎見かけたら、俺が探してたって伝えといてくれるか?」
「ええ、いいですよ。彼のことですから、放課後にはまた手伝いに来てくれるでしょうし。きちんとお礼を言うのですよ。山崎があなたをベッドまで運んでくれたのですから。」
山南さんの言葉に俺は曖昧に返事をして、授業に戻った。

いつも一緒に飯を食べるはずの場所に、山崎はやっぱり来なかった。教室にもいなかった。あいつの席は知らない女子たちに占拠され、弁当を食べるために使われていた。
多分山崎も思い出したんだ。昔のことを全部。でなければ、山崎がいきなりいなくなるわけがない。
纏まらない思考を頭の中に漂わせ、上の空のままで授業を受けて、午後の授業が終わってもう一度山崎の教室に向かった。
やっぱり、山崎の席は空席だった。
「どこ行っちまったんだよ…」
落胆で足が崩れそうになる。山崎はもしかしたら、もう帰っちまったんじゃないだろうか。
不安で仕方なくて辺りを見渡した時だった。
「あ…!」
見知った背中が目に入った。
「土方さん…!」
土方さんなら、なにか知ってるんじゃないか、そんな期待をもちながら呼び止めると、土方さんは少し不機嫌そうに振り返る。
「どうした。なんでこんな所にいやがる。」
「山崎知らないか?昼から見当たらないんだ。」
「知らねえな。今朝一度会ったっきりだ。」
さっくり言われてしまった。少し期待していただけに、俺はまた肩を落とす。
「そっか…。見かけたら、俺が探してたって伝えといてくれ。話したい事がある。」
もっとも、話したいことなんて何一つ纏まっていなかった。焦る俺を見て土方さんは怪訝な顔をする。
「何だ、伝言なら聞くぞ。」
「いや、いい。直接会って話したいんだ。」
「珍しいな。喧嘩でもしたか?」
「大事な話なんだ。頼む。」
あんまり必死な俺に土方さんは一瞬気圧されたように黙り込んで、それから不機嫌に顔をしかめた。
「お前、山崎となにがあった?」
まるで問い質すような低い言葉に身体が萎縮する。土方さんは俺を見据えたまま、目を離さない。
「べつに何も…」
もごもごと言葉を濁すしかできなかった。土方さんに本当の事は話せない。話しちゃいけない。この人なら、真剣に話せば信じてくれるだろうが、俺の言葉が引き金になって土方さんまで過去を思い出しちゃいけないと思った。
そんな、明らかに不審な俺をしばらく土方さんはじっと見つめてくる。まるで本心を探ってくるような目に、息が苦しくなった。
やがて、俺にとっては五分にも十分にも感じられる空白を開けて、それから不意に土方さんがあきらめたみたいにため息をつく。
「言いたくねえならいい。深くは掘らねえよ。」
「え…?いいのか?」
「いいもなにも、話す気がねえんだろ。お前はもう帰れ。」
「いやでも…!」
「山崎は学校にゃいねえよ。あいつに口止めされてたが、早退したんだ。だからいくら学校探したっていねえ。」
嘘だ、直感で分かった。土方さんはそんな脈絡のない話をする人じゃない。絶対に山崎は学校にいる。土方さんは、山崎が俺に会いたがっていないことを知っているんだ。知っていて、山崎を庇っている。
「なあ、土方さん…!知ってるんだろ?山崎はどこにいるんだよ!俺あいつに言わなきゃいけないことが、」
「何言われようが、知らねえもんは知らねえよ。」
「土方さん・・・!」
「もう一度言う。井吹、お前はもう帰れ。」
なんだよ、これ。これじゃまるで、山崎が俺から逃げてるみたいじゃないか。
そんな言葉が浮かんで、それからぞっとする。
もしかして、そうなのか?
山崎は、俺の顔なんかもう見たくないのか?俺は、あいつにとっていてほしくない人間なのか?
こうして探し回るから、山崎は逃げるのか?
「…わかった」
出した声は震えていたんだろうか。頭が冷えてなにも考えられなかった。
俺は、山崎とは会えない。当たり前だ。俺は、嘘吐きだ。
絶対に見届けるって言ったのに。なのに、俺はそれを果たせなかった。俺はただの嘘吐きだ。
「雨、降ってるからな。気をつけて帰れよ。」
土方さんが、少しだけ笑う。その顔でまた俺の脳裏へと記憶が蘇った。
『…何だ?届けたくねえって抜かすのか?』
『どうしても命令に従えねえっていうんなら、今ここでてめえを斬り捨てる。』
土方さんの、絶対に揺るがない目、刺すように真っ直ぐな言葉、そして、強い意志。
俺には絶対に持つことのできないものを突きつけられて、それから優しい笑みを向けられて、山崎を裏切る。
土方さんの背中が廊下の先の階段に消えて行くより先に、俺は背中を向けた。
あの時と同じ。俺はまた、自分の運命から逃げ出した。





雨の中を、だらだらと傘を掲げたまま帰った。朝通った時はあんなに具合が悪かったのに、あの頭痛も吐き気も、不快な耳鳴りも消えてしまっている。全部を思い出してから、山崎と一緒に全て消えてしまった。それが何だか憎らしくて、それでも八つ当たりするような元気は残っていなくて。
帰路の記憶なんてないまま、気付けば家についていた。
「おや、井吹さん。お帰りなさい。」
玄関で出迎えた平間さんが、いつもの笑顔で出迎えてくれる。俺はなんとなく曖昧に返事をしたが、平間さんはそれに気付いてか気付かずか、相変わらずにこにこと笑いかけてくる。何も変わらないその態度に安心して、けれど同時に悲しくなった。
何も変わらない。何もかもがあの頃のままなんだ。俺は何も変えられない。今も、昔も。
どんよりとしながら部屋に戻ろうとした俺を、平間さんの声が呼び止める。
「そういえば、旦那様が井吹さんを探していましたよ。」
平間さんの、そんななんでもない言葉。けれど俺はその言葉にはっと息が止まった。
「そうだ、芹沢さん…!」
「何かお使いでしたら言ってください。私が行ってきますから。」
「わかった…!」
話半分に俺はその場に鞄を放り投げた。
そうだ、今日は俺が声をなくした日。それはつまり、芹沢さんが死んだ日だ。
濡れた靴下で廊下を走って、芹沢さんの部屋に急いだ。
「芹沢さん!」
この名前を叫びながら走り出すことにすら既視感を覚える。あの夜のことが、ボロボロとペンキが剥がれるみたいに蘇って、俺は芹沢さんの部屋の襖を開け放った。
「何だ犬。遅かったな。」
いつもどおりどっかりと畳にふんぞり返る芹沢さんが、そこにいた。あの日と同じ雨音を遠くに聞いて、あの日と同じびしょ濡れの服を着たまま、それなのに、あのときと違う芹沢さんがいる。
あの時と違う。
それを実感した瞬間に、無意識のうちに涙が溢れ出していた。
「何をそんな所に突っ立っている。入れ。」
芹沢さんはふんと鼻を鳴らして、固い扇で畳を叩く。それに促されて、俺は泣きながら畳に座り込んだ。
「それで、貴様は何故そんな汚い顔をしている?」
その声は優しくなんてなかった。けれど怖くもなかった。不敵な笑いを浮かべて、言葉はどこまでも上から目線で。そのふてぶてしい言葉に、俺は言葉を振り絞る。
「芹沢さん…、俺、大事な約束を破ったんだ。」
つっかえていた言葉が飛び出して、それからもう止まらなくなる。
「そしたらそいつ、いなくなったんだ。大事な奴なんだ。そいつが、何も言わずにどこかに行っちまった。そいつは俺に会いたがってないんだ。俺は言いたいことがたくさんあるのに、どこにも、いないんだ・・・。」
声は次第に小さくなっていって、最後はもごもご消えていった。
芹沢さんは何て言うだろう。鬱陶しいと一喝するだろうか、知らんの一言で終わらせられるだろうか。想像する中で、芹沢さんが口をひらく。
「くだらんな。実にくだらん。」
「え…?」
興味がなくなったということでは無さそうだった。その証拠に、口には未だにやりと笑みが浮かんでいる。
「貴様が鬱々と考えているようで、どうしろというのだ。分からないだと?ならば分かるために動け。そいつに問え。」
「でも、」
「また屁理屈か。貴様にはいくら説教を説いても理解できぬようだな。・・・ならばそいつはどうしたと思う。貴様がいなくなったとき、そいつならどうした。」
「山崎、なら・・・?」
あいつなら、どうした?俺が居なくなったとき、あいつは、
あいつは、走った。
俺を追いかけて、雨の中を走った。
どれだけ俺が逃げても、俺の背中が見えなくなっても、あいつは俺を探して追いかけた。
「答えは出たようだな。」
芹沢さんは、そういって後は何も言わずに顔を背けた。もう何も話すことはないと思ったんだろう。俺も、それを見て立ち上がった。
「芹沢さん。いってくる。」
返事はよこさなかった。ただその沈黙が、どこか優しかった。
俺は急いで部屋を出ると玄関を飛び出し自転車にまたがった。雨脚は、少しだけ弱くなっていた。


学校には、それほど時間がかからずに着いた。自転車をこぐうちに雨は上がって、けれど空にはどんより雲が立ち込めていた。学校に入って、急いで下駄箱を覗き込む。山崎は、まだいた。黒いローファーが鎮座していた。
まだ間に合う。けれど、これを逃したらもう二度と間に合わない。そんな気がして、俺は湿った靴を脱ぎ捨て上履きもはかずに校内へ駆け込み、学校中を探し回った。
大きな校舎内では小柄な山崎を見つけるのは難しい。けれど放課後の学校はジャージの生徒ばかりで、多分山崎は制服姿だ。そう考えれば探しやすいかもしれない。
「山崎!」
すっかり人の少なくなった校内で、声は反響して消える。返事はない。階段を上って、いろんな教室をのぞいて、廊下を歩き回ってまた階段を上って。学校中を隅々まで探し回る。
そうするうちに、とうとう一番上の階まで来てしまった。
「山崎!おい、居るのか・・・!?」
居るなら、この階だ。けれど、やっぱり返事はない。教室も誰も居ない。電気すら消えている。最上階の廊下は閑散としていて、誰か居るとは思えなかった。
いや、違う。
最上階は、まだある。
学校の東にある階段。あそこは普段から人が来ない。なぜならそこは、あまり利用されない屋上に繋がる階段だからだ。
「山崎。」
声をかけた階段からは、何も返事はない。俺は一段一段歩みを進める。短い階段はすぐに踊り場へつき、屋上に出る古びたドアにたどり着き、ドアノブをひねって扉を開けたとき。
「い、ぶき・・・!」
見覚えのある顔は、屋上にある小さな屋根の下にいた。驚いた顔はやがて泣きそうな顔に変わり、そして不意に、しかめられる。
「やっぱり、君からは逃げられないな。」
「山崎、お前も・・・」
「ああ。思い出した。お前が倒れたときに。倒れたお前を見て、それから少しずつ。」
山崎が、観念したみたいに立ち上がった。
「なんで、いなくなったんだよ。」
「俺は、君を殺した。」
「は?」
突拍子もない言葉に、今度は俺のほうが驚く。殺した?山崎が、俺を?
「夢を見たんだ。さっき、少しだけ眠ったときに。」
山崎が、辛そうな表情を手で覆う。
「男が、戦場で銃を撃っている。人を殺しているんだ。表情は酷く優しいのに、一発も撃ち漏らさずに人を殺している。それを俺は高い所から見ていて、そのうち男は敵に囲まれて、そのまま、」
胸が、びくりと跳ねた。そうだ、俺はそうやって死んだんだ。
周りを敵に囲まれて、それで、体中を撃ち抜かれて、死んだんだ。死に場所を探したかつての俺は、最後の維新最後の戦いに身を投じた。
思い出した瞬間、あの時の痛みが身体に蘇った気がした。銃の傷は痛くて、熱い。蜂の巣にされて事切れる瞬間に、山崎もこんなに痛かったのかって思った記憶がある。
「矢張り、あれは君なんだな。」
絶望したみたいな山崎の声に、とっさに言葉が出なかった。
たしかにそれは俺だ。戦争に自分から参加して死んだ、百年以上前の井吹龍之介。
ただ、それを肯定するのは、山崎を傷つけてしまいそうでできなかった。
「それなら、やはり君と俺は会うべきじゃない。」
「どういう事だよ・・・!?」
「君の人生を、これ以上狂わせるわけにはいかない。」
「狂わせるって何をだよ…!俺はなにも、」
「君は何もわかってない!」
いきなり叫ぶみたいに山崎が声を荒げて、俺は思わず固まった。山崎があんまり苦しそうで、その叫びがまるで断末魔みたいで怖かった。
「君は、自由になるはずだった。声と引き換えに自由を得たはずだったんだ。あのまま医者になって、年を重ねて、嫁を貰って。人並みの幸せを得なければいけなかった。なのに、俺はあの時君に何と言った…!?」
山崎の悲痛な声が屋上から空に吸い込まれていく。雨が落ちたあとのじっとりした空は、重たく厚い。
「新選組を見届けてくれ、俺の目になってくれ、身勝手な頼みばかり…!戦いたくもない君に無理やり戦う道を押し付け、自分の理想を君に全てなすりつけた!」
「なすりつけられてなんてない…!俺は、友達の頼みだから果たそうと思っただけだ!」
「俺には、君の友でいる資格などない…!分からないんだ…!君と共にいた理由が!」
山崎は、何かを懸命に思い出そうと、髪をくしゃりと掴む。
「芹沢さん暗殺から君を守ろうとした理由も、君の怪我を治療した理由も、毎日のように君の元へ足を運んだ理由も!もしかしたらすべて、任務だったからなのかもしれない…!思い出せないんだ!」
「そんなわけないだろ…!お前は、怪我してた俺が目を覚ましたとき、よかったって泣いてくれただろうが!」
「君を死なせないということは、土方さんからの任務だった…。それを考えれば、もしかしたら俺は、新選組のために君を生け贄にしたのかもしれない。いや、仮に俺にとって君があの頃から友だったとしても、俺は義のため死ぬ忠臣としての自分に酔い、唯一の友達を忘れ、殺した。俺が、殺したんだ。」
山崎はもう、俺の事なんて見ていなかった。ただじっとうつむいて、目もあわせてくれない。
「俺はこんなの望んでなかった」
気付けば、正直な気持ちがこぼれていた。俺は、こんな事を望んであの日々を生きてきたわけじゃない。俺はいつだって、山崎に誇れるような、あいつが安心して眠れるような生き方をしようと生きてきたはずだった。
「また会えたときに、お前がわらってくれたらって、それだけをのぞんで…」
俺にとって唯一の生き甲斐だったそれが、今はお互いを苦しめる。
「すまない。」
山崎は表情もわからないほどうなだれる。何だよ、何で俺は、こいつをこんなに悲しませてるんだ。
「俺はただ、お前に笑ってほしくて…」
「俺が笑っていられるのは、君のおかげだ。いつも、君に助けられてきた。だからもう十分なんだ。」
ちがう。俺が言いたいのはそういうことじゃない。
声がなかったあの頃は、自分の壊れた喉を何度も呪った。でも、声なんてあってもなくても同じだ。俺は結局、本当に言いたいことを言えない。
「君には、本当に感謝している。俺の身勝手な望みを叶えようと命をかけてくれた君には、本当に…。だが、だからこそ、もうこれきりにしてくれ。」
「嫌だ…!」
「また俺は君を傷つけるかもしれないんだぞ…!」
「俺はお前に傷つけられてなんかない!」
「ちがう!俺は君を傷つけ、苦しめ、殺した!」
「山崎…!」
「頼む…!もう俺に、君を殺させないでくれ!!」
耐えきれなくなった山崎が、屋上を出て行こうと駆け出した。
その背中が、あの頃の、真っ黒な服を着て闇に駆けていく背中と重なる。
なんだよ、これ。これじゃああの頃とおんなじじゃないか。
闇の中にひとりぼっちで駆けていくお前と、置いてけぼりの俺がどんどん遠くなって、一人になって、俺はまた、お前のいない世界で見えない未来を無理やり探しながら生きるのか?
また、お前を失うのか…?
考えた瞬間に怖くなって、体の血がざっと下がって、頭の中を色んな記憶がよぎって。
「やまざき!!」
俺はもう何が何だか分からなくなりながら、気づいたらその背中を追って、手を掴んで、そして、抱きしめていた。

「い、ぶき…?」
山崎の、見た目よりずっと細い体が、小さく震えている。俺も、足ががくがくしてる。
ついでに声も震えて、俺はみっともなく泣きながら山崎をよりきつく抱いた。
「もう俺を、ひとりにしないでくれよ…!」
寂しかった。山崎が死んで、近藤さんが死んで、沖田が、原田が、平助が、土方さんが、俺の居場所がどんどんなくなってって。そのうち俺の居場所なんてどこにもなくなるのが、怖かった。
お前のいない世界に、またひとりで放り出されるのが、たまらなく怖かった。
「もう、置いていかないでくれよ!」
情けない声で叫んで、もうそれから後は言葉にならなかった。
山崎を抱きしめたまま、俺は声を上げて泣いた。まるであの船の上で流した涙の残骸を押し流すみたいに、泣いた。
そんな俺につられて、山崎も泣きそうな声を漏らす。
「どうして、どうして君は…」
俺の、山崎を締めつけて離さない腕に、熱い指が恐る恐る触れてくる。
「いつもそうだ…!君はどうして、俺なんかを…。君にはもっとふさわしい人間がいくらだっているのに、」
「でも一番大事なのはお前だけだ!」
俺の言葉で山崎の肩がびくっと跳ねる。その反応で俺は一気に恥ずかしくなって、ようやく腕の力を緩めた。
こんな、子供みたいに泣き喚いて変な事言って、挙げ句あんな臭い台詞を吐いてしまった。
はたから見たら相当恥ずかしい。気を紛らわしたくて目をそらして、ようやく俺は、その空の変化に気づいた。
さっきまでかかっていた厚い雲はいつの間にか遠くに行ってしまって、灰色の綿みたいだった空は、明るい橙色に染まっていた。
「…おもいだした、」
俺の腕から解放された山崎が、それでも律儀にその場から動かず、ただひどく恥ずかしそうに口を開く。
「前にも俺は、君と、こんな夕日を見て…、」
そうだ。前にも俺は、こんなふうに本音をぶつけて、ガキみたいに喧嘩して、そうしてこいつと夕日を見たんだ。
あの日の夕日は、まるで世界中を照らすみたいに明るくて、暖かくて、蜜柑みたいな色をしてて。
あの日と同じ色をした夕日を目にした瞬間、ぼんやり欠けていた記憶が蘇ってくる。
山崎が死んで、夕日が特別になって、色を変えた空をみるたびあの日を思い出して。でもいつだって、俺が見上げる茜空は燃えるような赤で、こんな優しい色じゃなかった。
俺はずっと、この色が見たかった。
「あの時も、君と生きたいと思ったんだ。」
山崎が、俺に笑いかける。夕日の照り返しを受けたその頬は俺に負けず劣らず濡れている。
今、最後に、一番大事なことを思い出した。多分俺が忘れていた記憶は、これで全部だ。
「俺も、同じこと思ってた。」
山崎が笑う。俺が笑う。そして空には、待ち望んだ色がある。

俺たちはやっとまた、二人で歩き出せるみたいだ。





龍之介に何をしたかを思い出したらきっと山崎は申し訳ない気持ちでぶっ壊れそうになると思います。
あれは一週目では私も泣きすぎて気づかなかったのですが、山崎結構酷いかんじですよね。
ちゃんと読むうち、あんまりだ!と思った記憶があります。
龍之介は確かに山崎のことを友人と認め、「友達の願い」をはたすと心に誓います。いっぽう山崎は「同じ浪士組の一員として」と、突き放しているようにも取れる呼び方。あれだけ守ろうとした命を、危険な場所に送り込んだのです。新撰組を追うことが危ないことであることは、彼が一番わかっているのはずです。けれど山崎は龍之介を呼んだ。最後に会いたいからじゃない、二人目の自分に意思をついでもらうために。
それはあの二人しか居ない部屋で行われた誓いだからこそ美しいのですが、はたらかみればとても残酷な誓いです。あまつさえ龍之介は「全てを見届けて、それでもし自分が死んだらお前に全部伝える」と、全てを見届けて死ぬことを前提としている。つまり、龍之介には約束をはたしたあとの人生設計がない。
それは、山崎が龍之介の未来を奪い、目を奪ったことなのです。龍之介は目になるといった瞬間、自分の目を捨て山崎の目になったのでしょう。
何故山崎が彼にこんな使命を架したのか、理解するのには大分戸惑いました。まして山崎の十六夜挿話にもあるように「友を死なせないために」と、彼も昔は龍之介を友と呼んでいたのです。
多分山崎は、龍之介が居なくなった後、すこしずつ新撰組の人間として自覚が目覚めてきたのだと思います。それは同時に、龍之介と川原でなぐりあったりという日々が遠ざかり、忘れていったということ。
これは完璧に山崎の「うぬぼれ」からできた結果だったのではと思います。
だからこそ、あとから山崎はどんな気持ちになるのか、考えに考えた結果のこの作品でした。

ちなみに、芹沢さんは前世の記憶あります。だからこそ落ち着いてます。
なにが書きたかったかといえば龍之介の号泣と平間さんですな。
平間さんかわいいよ平間さん。





 

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